てんたま外伝「Again」第6話(てんたまサイドストーリー)

第6話 エール!

澄み切った青空とともに、決戦の日が訪れた。
八坂町内マラソンは中学生の部、高校生の部、一般の部に分かれおり、午前中に中学生と高校生の部、午後に一般の部が行われるようになっていた。
奈菜は、受け付けのすぐそばで、葵と話をしていた。
「つまり、今回の件は、勝俊さんがきっかけを作ったのね」
奈菜は大会の当日に、威と勝俊の間で起こった出来事を葵から聞かされた。
「ああ、そうなんだよ。ボクもいきなりのことだったから、驚いちゃったよ」
葵は困惑気味に答えた。
「でも、何故、勝俊さんは威さんと急に勝負しようなんて思ったのかしら?」
「うん、ボクも同じことを思って聞いてみたんだ」
「それでどうだったの?」
「そしたら、『今があいつを変えるチャンスかもしれないから』って言ったんだ」
「それって、どういう意味なのかしら?」
小首をかしげる奈菜。
「うん、それが分からないんだ。勝俊が答えてくれなかったから」
葵が困ったような顔をしながら答えた。
「あ、そういえば、勝俊から奈菜に伝言があったのを忘れてた」
「伝言?」
「うん。今日の大会で、ずっと威を応援してくれってさ。でも、わざわざ伝言しなくても、奈菜は威のことを応援するんだろ?」
「え、ええ。だけど、何故、勝俊さんはわざわざそんなことを私に言うのかしら?」
奈菜は勝俊の伝言の真意を読み取ろうとしたが、まったく分からなかった。
何かありそうな気がするのだが・・・
「うーん、そういえば、なんでだろ・・・」
葵も勝俊の言葉に隠された意味を知らなかった。
ちょうどそのとき───
「ただいまより八坂町内マラソン大会『高校生の部』を始めます。選手の方はスタート地点に集合してください」
アナウンスが流れ、ゼッケンを着けた選手たちがいっせいに動き出した。
「あ、始めるみたい。奈菜、ボクたちも応援する場所に行こう」
「ええ」
ふたりの天使は、並んで応援に向かった。



スタート地点では、威と勝俊が並んで、合図を待っていた。
ここに来てから、ふたりは一言も口を開いていなかった。
ふたりは静かにスタートの合図を待っていた。
やがてスターターがピストルを構えた。そして、乾いた音と同時に、ふたりは同時に走り出した。
こうして決戦の火蓋が切って落とされた。
威の前には多くの選手がいたが、すでに眼中になかった。
相手はただひとり。隣にいる勝俊だけであった。
威は勝俊に競り勝つことだけを考えて、ぴったりと並走した。
自然と競り合うような展開となり、否応なしにふたりのペースが上がる。
この流れは右手に海岸線が広がりだした辺りまで続いた。
ほどよい冷たさの潮風が選手たちを優しく包み込む。
それはまさに癒しの風だった。
ここからはペースが落ちたものの、淡々とした流れとなっていった。
先のハイペースのおかげで、威の体力はかなり消耗していた。
しかし、まだ半分以上の距離が残っている。
ここで離されるわけにはいかない。
威は必死に喰らいついた。
海岸線を抜けると、今度は長い下り坂が見え始めた。
坂を下ると、今度は上り坂が目の前に現れた。
下り坂に着いた時点で、威の体力は限界に達しつつあった。
───この坂を上りきれば、もうすぐゴールだ。
威は気力を振り絞って、坂を上り始めた。
ちょうどそのとき、隣で走っていた勝俊が一気にラストスパートを掛けた。
「くっ!」
ほんの一瞬遅れて、威も同じように動いた。
このわずかな差が追う者と追われる者に分けることとなった。
追う者となった威は無我夢中で坂を上り切った。
ここから先はゴールまで一直線で、コース脇にいる観客の声援と拍手が耳に入ってきた。
ここにきて、勝俊がさらにスピードを上げた。
一方の威は、体力の限界なのか、スピードがなかなか上がらなかった。
───負けられない!負けたくない!
必死に追いすがる。
ところが、徐々にその差が開き始めた。
そのとき、威の右足が痙攣を起こし、激痛が走った。
威はたまらずその場に立ち止まった。
───また昔と同じように負けるのか・・・
遠ざかる勝俊の背中を見ながら、絶望に打ちひしがれた。
そのときだった。
「威さん!頑張ってください!あと少しです!」
聞き覚えのある声が威の耳に届いた。
───あの声は奈菜・・・
声がした方向に目を向けると、赤い羽を生やした少女がこちらを見ながら、応援していた。
「あきらめるな!ゴールはもうすぐだよ!」
次に奈菜の隣にいた葵も大声を上げた。
それに呼応するかのように、沿道にいた観客が次々と応援の声を上げ始めた。
それらはすべて威に対する応援だった。
───こ、これは・・・
体中が熱くなり、力がみなぎっていく。
威は暖かい声援の後押しを受け、絶望の淵から這い上がった。
威は右足を引きずりながら、ぼんやりと目に映るゴールを目指した。
そのあいだに、次々と後続の選手に抜かれていったが、全然、気にならなかった。
今の威はゴールしか見えていなかった。
ゴールまで40メートル・・・30メートル・・・
遅い歩みだが、確実にゴールに近づいていた。
残り20メートル・・・10メートル・・・
「威さん、頑張ってください!」
「頑張れ!あとちょっとだよ!」
ゴールに近づくにつれ、歓声と声援が大きくなっていく。
そして・・・威はゴールした。
と同時に足がもつれて転倒しそうになった。
それを勝俊がとっさに受け止めた。
「よく頑張ったな。久しぶりに中学時代のおまえが見ることができて、嬉しかったぜ」
勝俊がそう言って、威の背中を軽くたたいた。
「威さん!」
奈菜と葵も急いで威のもとに駆け寄った。
「ふたりとも、威を救護班まで連れて行くから手伝ってくれ」
「はい」
「うん、分かった」
3人に支えらえれながら、歩く威の表情は晴れやかだった。
勝負には負けた。しかし、くやしさや後悔はまったくなかった。
敗北から得たもの・・・ベストを尽くしたという満足感が、威の心のなかでゆっくりと膨らんでいった。