てんたま外伝「Again」エピローグ(てんたまサイドストーリー)

エピローグ

八坂競艇場に、ファンファーレの音楽が流れ、6艇のボートがピットアウトした。
『八坂競艇菜の花賞の優勝戦が開始されました。さて、注目のコース取りのほうは・・・』
場内アナウンスが流れ、6艇のボートが各々の思惑を持ちながら待機行動から進入態勢に移ろうとしていた。
『イン1コースには艇番を主張しての進入となりました人気の軸1号艇の田所義人。続いて2コースには動いてきた4号艇の志井、センター3コースには3号艇の天野、4コースには2号艇の神楽が入りました。そして、大きく引っ張ったアウト勢のうち、カド位置5コースには5号艇の香坂が入り、最アウト6コースには初出場で初優出を果たした地元の新鋭・桐生となりました』
大きく艇を引いた5号艇と6号艇が艇先をスタート方向に向けると、一気に加速し始めた。
『4対2の進入となりました。インコースから1番、4番、2番、3番、5番、6番の並びでスタート3秒前・・・2秒前・・・1秒前・・・スタートしました!』
スタートは大外の6号艇が内側のボートに1艇身の差をつけて飛び出した。
『大外6号艇・桐生が乾坤一擲のトップスタート!内側の舟を飲み込みながら、ターンマークの最内を狙ってまくりに出ます!』
その6号艇に向かって内側から白い勝負服の1号艇が突進してきた。
『イン1号艇・田所も艇を伸ばして、懸命の抵抗を試みます!』
6号艇は1号艇の激しい突進を間一髪でかわし、先頭に踊り出た。一方、突進した1号艇は大きく外に流れた。
『6号艇が1号艇の抵抗をかわし、先頭に立ちました!先頭はまくりを決めた6号艇・桐生威、そのあとに続くのは1号艇の内を差した2号艇・神楽と5号艇の香坂・・・』
観客席から大きなどよめきが起こった。
一方、その一角で威の応援に来ていた奈菜たちは歓声を上げた。
「奈菜!やったです!威が1番ですの!」
花梨が隣にいた奈菜に向かって嬉しそうに話し掛けた。
「よかったな、奈菜!」
葵も嬉しそうに奈菜に抱きついた。
「う、うん!」
奈菜も思いっきり喜んだ。
「ああああ!なんで5番が3着になるんだよ!これじゃ、はずれてしまうだろ!」
一方、対照的に貴史のほうは悲嘆に暮れていた。
スパーン!
気持ちいいほどの快音が客席に響き渡った。
「いたたた・・・」
頭を押さえうずくまる貴史。
「まったく、何ひとりで不謹慎なことしているのよ!ちゃんと威君の応援しないと駄目じゃない」
伝家の宝刀ともいえるスリッパを手にした千夏が、仁王立ちした状態で貴史を睨みつけた。
「す、すみません、千夏様・・・」
千夏の威圧感に圧倒され、貴史はすっかりおとなしくなった。
こんなふたりのやりとりを間近で見ていた椎名は思わず吹き出してしまった。
2年経っても、こういうところはまったく変わっていないということがはっきりと分かった。
威の私設応援団がそんなやりとりをしているあいだに、威の乗ったボートは2周目の第1マークを旋回していた。
『先頭は変わらず、6号艇の桐生威。昨日の準優勝戦で、最終コーナーで奇跡の大逆転を決め、父・桐生正義が果たせなかった優出となった桐生威が、初優出初優勝という快挙に向け、栄光のゴールを目指します。2着は・・・』
威は全速モンキーターンで2周2マークを旋回して、最終周回に入った。
今、威の前には誰もいない。
威はちらりと後方を一瞥した。
後ろの艇間は約4艇身ぐらいだろうか。
安全圏といえば、安全圏なのだが、それでも威は気を緩めなかった。
勝負では、何が起こるか分からないことを昔、痛いほど経験したからである。
渾身の力を込めて、3周1マークを旋回した。
───見ているか、親父・・・俺も親父と同じ場所にいるんだぜ。
威は亡き父に語りかけた。
『6号艇・桐生が最後のターンを旋回し、ホームストレッチに入りました。あとゴールまで30メートル・・・20メートル・・・6号艇ゴールイン!・・・』
ゴールしたのと同時に威は大きく左手を突き上げた。
アナウンスが威の勝利を告げると、私設の威応援団がふたたび歓喜の声を上げた。
「奈菜、やったですの!」
「よかったな、奈菜!」
花梨と葵が奈菜に抱きつく。
「よかった・・・本当によかった・・・」
奈菜は感激のあまり、その場で泣き出した。
「奈菜、ウイニングランがあるみたいだから、近くに行きましょう」
千夏が優しく奈菜の肩を抱いた。
「は、はい・・・」
奈菜は涙を拭った。
「よし、それじゃ、みんなで行こう。ほら、貴史もいつまでもそんなところで舟券を持って固まっているんじゃない」
「ううっ、5番さえ来なければ・・・」
「ったく、男がいつまでもうじうじしないの!」
スパーン!
本日2回目のスリッパが貴史の頭に炸裂した。
「ぐわっ!」
「ほら、きびきび歩く!」
千夏は貴史を引きずるようにプールに向かって歩き出した。
他のみんなもそれに続いた。
威は応援してくれたファンに挨拶をしながらウイニングランをしている途中で、奈菜たちの姿を見つけ、その前でエンジンを止めた。
「奈菜!やったぞ!」
みんなのまえで派手なガッツポーズを見せた。
「おめでとうございます、威さん!」
真っ先に奈菜が目を潤ませながら、祝福の言葉を口にした。
「おめでとうですの!」
「おめでとう、威!」
「よく頑張ったな!」
「今度も応援するぜ!」
「すごくいいレースだったわ」
続いて花梨、葵、貴史、椎名、千夏が祝福した。
「応援ありがとう、みんな」
威は満面の笑みを浮かべる。
「今日はごちそう作って待っていますね」
奈菜は笑顔を浮かべながら言った。
「ああ、期待しているぜ」
威は奈菜に向かってもう一度手を振ると、ふたたび周回し始めた。
威の夢はこうして幕を開けた。
天使が翼と引き換えに与えた夢は、幸せという光となり、威と奈菜を包み込んだ。
───この幸せがいつまでも続きますように・・・
奈菜と威はそれぞれの場所で、同じ願いを抱いていた。