過去の虚像と真実の思い(メモリーズオフサイドストーリー)

藍ヶ丘町の空には、無数の白い雪が舞っていた。
雪は冬特有の凛とした冷たい空気をもたらし、町中を包み込んでいた。
この日、みなもと待ち合わせをしていた智也は、凍てつく空気にさらされた両手をこすりながら商店街の入口で立っていた。
「遅いな・・・」
腕時計に目をやる。時計の針は約束の時刻を5分過ぎていた。
いつものみなもなら絶対に智也より早く来ているはずなのに、今日は珍しく遅刻していた。
恐らく、この雪のせいだとは思うのだが、ふと別の原因が智也の脳裏によぎった。
───まさかまた急に体の調子が悪くなったとか・・・
言いようのない不安感に襲われる。
みなもは生まれつき体が弱く、長い間、入退院を繰り返していた。今でも急に体調を崩して入院することがあり、今回もそうなってしまったのではないかと智也は考えてしまった。
一回電話をしてみたほうがいいかもしれないと智也が思ったとき、長い髪の少女がこちらにやって来た。
その少女を見たとたん、智也は思わず呆然となった。
「あ、彩花・・・!」
口からこぼれたその言葉は、もうここにはいないかつての恋人の名前だった。
「遅くなってごめんなさい、智也さん」
「え、その声はみなもちゃん?」
聞き覚えのある声を耳にして、ようやく智也は少女の正体に気付くことができた。
「はい、そうです。えっと、分かりませんでしたか?」
「あ、ああ、いつもと髪型が違うから、てっきり・・・」
智也は慌ててあとに続く言葉を止めた。
「てっきり?」
「ええっと、てっきり、どこかの新人アイドルかと間違えたよ」
「もう、智也さんったら」
みなもは、ほんのりと顔を赤らめてうつむいた。
───それにしても、彩花と見間違えるなんて・・・
智也はみなもに悟られないように、改めて彼女の姿を観察した。
髪をほどき、黒いヘアバンドをしたみなもは、少し幼くした彩花という印象があった。
もっとも、間近で見れば、まったくの別人だとすぐに分かるが、それでも漠然とした彩花の面影が感じられた。
みなもと彩花が従姉妹同士という関係だったので、これは血のつながりによって成せる業といえるかもしれない。
さらに、みなもからかすかに漂う柑橘系のコロンの香りも彩花と同じだったので、それも錯覚を抱く要因のひとつといえた。
「智也さん、どうしたんですか?」
「あ、いや、何でもないよ。それじゃ、寒いから早く中に入ろう」
智也は余計な詮索をされないようにするため、みなもをうながして商店街の中に入った。
商店街のアーケードの中は、クリスマスを象徴するBGMが流れ、色彩豊かなイルミネーションやサンタクロースの人形、金銀の装飾が付けられた大小のツリーなどがいたるところに置かれていた。
智也は、クリスマス特有の風景を眺めながら物思いにふけっていた。
彼の頭の中にあったのは、今は亡き恋人である彩花のことだった。
まだ彼女が生きていた頃、智也はこの時期に必ず彼女とこの場所に足を運んでいた。
あのときの楽しさは今でも鮮明に覚えている。
だが、その楽しかった日々はもう戻って来ない。
彩花を失ったことにより、すべてが思い出に変わり、不変のポートレートと化したからだ。
彼女との思い出に浸るたび、胸に締め付けられるような痛みが走った。
痛みを感じるたびに智也は思った。過去の記憶を消し去りたいと。
しかし、それと同時に思い出を忘れたくないという気持ちも抱いた。
智也は彩花のことが大好きだった。今でもその気持ちは変わっていない。
それが正反対の思いを抱かせる大きな理由だった。
思い出が生み出したふたつの矛盾した気持ちは、心の中で激しくぶつかってせめぎ合い、智也を惑わせていた。
このあと、智也はみなもとレストランで食事を済ませ、ウインドウショッピングをしたが、終始、彩花のことばかり考えていた。
その最中、みなもに何度か話しかけられたが、その内容は勿論のこと、自分がどこをどう歩いたのかさえ頭に残っていなかった。
それほど智也の頭の中は、昔の恋人のことでいっぱいだったのである。
気がつけば、智也とみなもはいつしか商店街を離れ、行きがけに通り抜けた公園に足を踏み入れていた。
朝から降っていた雪はすでにあがっており、ベンチや歩道にその名残を残すだけとなっていた。
公園の一角にある噴水の前に差し掛かったとき、急にみなもが立ち止まった。
「・・・やっぱりこんなことをやっても駄目ですよね・・・」
みなもは今にも泣き出しそうな表情を浮かべ、智也を見つめた。
「みなもちゃん・・・?」
「智也さんは何故、私がこんな姿をしたのか分かりませんよね。私は彩花ちゃんになりたかったんです」
「・・・!」
智也はみなもの言葉に絶句した。
「私、智也さんの気持ちがずっと彩花ちゃんに向けられていることを知って、それなら私が彩花ちゃんの代わりになろうと思ったんです。そうすれば、智也さんが私のことを彩花ちゃんと同じように見てくれる・・・そう思って髪型を変え、彩花ちゃんと同じコロンを使ったんです。でも、かえって裏目に出てしまったみたいですね。ここまでしても結局、智也さんは私じゃなく、彩花ちゃんを見ていましたから。それに、よく考えると、こんなことまでして、智也さんの気持ちを変えさせようとすること自体が間違っていますよね。仮にこれで智也さんが私を見てくれるようになっても、それは“伊吹みなも”に対してではなく、“桧月彩花の姿をした伊吹みなも”に向けられるようになるだけなんですよね。私って、本当に馬鹿ですよね・・・こんなことに今更気付くなんて・・・」
みなもは胸中を吐露すると、感極まってその場で泣き出した。
───みなもちゃんはこんなに俺のことを思ってくれていたんだ・・・
みなもの気持ちを知った智也は、自分の無神経に対し、憤りを覚えずにはいられなかった。
何故、もっと早く気付いてやれなかったんだと自責の念にかられる。
しかし、それと同時に彼女に対して狂おしいほどの愛しさも感じた。
智也は無意識のうちに、みなもの華奢な体を引き寄せ、強く抱きしめた。
「すまない、みなもちゃん。俺のせいで、こんなにつらい思いをさせてしまって・・・」
「と、智也さん・・・」
智也の意外な行動に、みなもは戸惑いを隠せなかった。
「みなもちゃん。もし許されるのなら、もう1度みなもちゃんとのクリスマスをやり直したいけど、駄目かな?」
「智也さん!」
みなもの涙で濡れた瞳が輝きを帯びる。
「もちろんいいですよ。私ももう1度、智也さんとクリスマスをやり直したいです」
と言って智也の腕の中で微笑む。
「ありがとう、みなもちゃん」
智也は感謝の気持ちを表すように、みなもを軽く抱きしめた。
そのとき、止んでいた雪が再び降り出し、ふたりだけの聖なる夜の始まりを告げた