Memories Off2nd~Cross aubade~第1章(藍ヶ丘編)

第1章 preludio

藍ヶ丘町の繁華街にあるファミリーレストラン「ラ・ネージュ」は、その地理的な利点のおかげで客足が多く、いつも店内は騒然としていた。
今日も夕方のピーク時になると、客足が爆発的に増え、ここでウエイターのバイトをやっている伊波健は、てんてこ舞いの働きを余儀なくされていた。
───もうすぐあがりの時間のはずだが・・・
店内にある壁掛け時計に目をやる。
予定の時間まであと5分だと時計が教えてくれた。
「おーい、伊波君!ハンバーグ定食3つを7番に持っていってくれ!」
突然、キッチンのほうで、自分の名前を呼ぶ声がした。
「あ、はい!すぐ行きます!」
健は小走りでキッチンへ向かった。
結局、そのあと立て続けに注文や料理運びが5件ほど入ったので、健が完全にバイトからあがったのは、予定の時刻を30分過ぎたときであった。
「伊波君、悪いね、またバイトの時間をオーバーさせてしまって」
健が更衣室から出たとき、店長らしき人物が話し掛けてきた。
「いえ、気にしないでください。もういつものことですから」
そう言って軽く笑う。
「いやあ、ほんとにすまないね。それじゃ、ゆっくりと休んでくれ」
「はい。それじゃ、お疲れ様でした」
「お疲れさん」
健は店長に頭を下げると、「ラ・ネージュ」をあとにした。
繁華街から最寄りの駅まで歩き、そこで電車に乗った健は、ぼうっと窓の外を眺めた。
真っ暗な景色のなかで、民家の明かりや街灯の明かり、ネオンなどが点々と灯っている。
また、少し上を見上げれば、そこには紺色の天幕が無限に広がっており、三日月と幾千もの星たちが淡い光を放っていた。
ひとの手で作られた光と自然が生み出す光に覆われた世界は、幻想的な美しさを漂わせていた。
このふたつの光に見入っていた健は、不意に藍ヶ丘町にやって来たときのことを思い出した。
健がこの町にやって来たのは1年前の春だった。
その前は隣にある桜峰という町に住んでいたのだが、大学の試験に落ちて浪人となったのをきっかけに、住み慣れた町を離れた。
今にして思えば、落第したのは当然の結果だったといえる。
なぜなら、真剣に大学に行こうとは考えておらず、他に目指すものがないからという安易な気持ちで試験を受けたからである。
そんな中途半端な気持ちでは、いくら頑張っても結果など出せるはずがない。
また、仮にそれで奇跡的に合格しても、あとで授業についていけなくなり、留年または退学という可能性が高いだろう。
そう考えれば、これはこれでよかったかもしれないと健は最近、思うようになった。
しかし、理由はそれだけではない。
彼が藍ヶ丘町に引っ越した大きな要因は、つらい別れを体験したことにあった。
健は高校時代にある女性と付き合っていたが、突如訪れたすれ違いや誤解のせいで、破局を迎えたという苦い経験を持っていた。
それから、健は高校卒業と同時に、桜峰から出て行く決意をした。
彼女との思い出を振り切り、新たな道を歩むために。
───ここではないどこかへ・・・
それが合言葉となり、健を藍ヶ丘町まで導いた。
すべてはここから始めよう。そう思い、勇躍した健だったが、実際のところ、未だに自分が何をするべきか見つけられずにいた。
───ぼくは何がしたいんだろうか・・・
何度も心の中でつぶやいた疑問を自分自身にぶつける。
今度こそ大学へ行くために、ほぼ毎日勉強をしている。
しかし、それが目標なのかと尋ねられると、首を縦に振る自信がない。
それなら、何故、大学を目指すのか?
その答えはきっと高校時代のときと同じだといえるだろう。
───分からない・・・
ここに来て1年経った今でも、まだ答えは見つからなかった。
健は憂いを秘めたまなざしで空を見上げた。
地上の光は桜峰と全然違っていたが、星の輝きはまったく変わらなかった。
「ほたるはきっと頑張っているんだろうな・・・」
健は昔の恋人のことを考えた。
健の元恋人である白河ほたるは今、遠い異国の地で自らの夢を叶えるべく、懸命に努力していると風の便りで耳にしていた。
自分と別れたあと、ほたるはしっかり前を向いて歩いている。
それに引き換え、自分はまだ一歩も歩き出せずにいる。
焦りと苛立ちを感じずにはいられなかった。
───ぼくの進むべき道はどこにあるんだろう・・・
健の心は、星や月のない夜空と同じ色に染まっていた。