Memories Off2nd~First episode~(第4話 静流の章)

第4話 静流の章

澄みきった青とまぶしい白が、みなもの眼前に広がっていた。
快い風に乗って運ばれる潮の香りが、みなもの鼻をくすぐる。
海が奏でる潮騒の調べは、風の音と交じり合い、絶妙なデュエットとなって、
辺り一面に響き渡った。
「綺麗・・・」
みなもは、しばしの間、広大な海原を眺めていたが、やがて今回の目的でもある海のスケッチに取り掛かった。
お気に入りのスケッチブックを広げ、純白のキャンパスに筆を走らす。
何度も風景をチェックしながら、ひたすら絵を書き続けた。
やがて無地の紙に海が生まれたそのとき、
「こんにちは、綺麗な絵ね」
突然、背後から声を掛けられ、みなもは鉛筆を持つ手を止めて、振り返った。
声を掛けたのは、穏やかな顔立ちをした大学生風の女性だった。
「あ、ごめんなさい。スケッチの邪魔しちゃって」
「いえ、気にしないでください。もう描き終わりましたから」
みなもはそう言うと、にっこりと微笑んだ。
やっぱり自分の描いた絵が誉められるのはすごく嬉しい。
「実はさっきからずっと後ろであなたの絵を見ていたんだけど、あまりにもいい絵を描くから、つい声を掛けてみたの」
「そうだったんですか。私ったら、絵を描くのに夢中で、全然、お姉さんのことに気付きませんでした。ごめんなさい」
みなもが申し訳なさそうに謝る。
「そんな、謝らなくてもいいわよ」
女性は慌てて首を横に振った。
「あ、そういえば、まだ挨拶していなかったわね。私は白河静流っていうの。あなたは?」
「あ、私は伊吹みなもといいます」
相手の名前を聞いたとき、みなもは駅で会った少女のことを思い出した。
「あの、白河さんは、ほたるさんってひとを知りませんか?」
「え、ほたるは私の妹だけど、あなた、ほたるを知っているの?」
静流は驚きながら尋ね返した。
「はい、実はほたるさんとは駅前で会ったんです」
みなもはそう言って、ほたるとの出会いの経緯を静流に話した。
「そんなことがあったんだ。まったく、あの娘ったら、しょうがないわね」
静流は小さくため息をついて、肩をすくめた。
「妹が迷惑をかけてしまって、ごめんなさいね。あ、そうだ、ここのすぐ近くにオススメの喫茶店があるんだけど、よかったら一緒に行かない?妹がお世話になったお礼に、私がおごるから」
「そんな、それじゃ静流さんに悪いですよ。私は、たいしたことしていませんから、そんなに気を使わないでください」
静流の申し出に、みなもが慌てて首を横に振った。
「ううん、そんなことないわ。あの娘の落とした携帯電話を拾ってくれたんだもの。それに、私、みなもちゃんと一緒にお話したいの。こうして会えたのも何かの縁だと思うし。ね、だから、一緒に行きましょうよ」
静流が屈託のない笑顔を見せた。
「分かりました。それじゃ、静流さんのご好意に甘えさせてもらいますね」
みなもも、にっこり笑って、小さくお辞儀をした。
「そうそう。遠慮せずに甘えてね」
静流に連れられて、みなもは海岸沿いにある小さな喫茶店に入った。
店に入ると、ふたりは窓際の席に案内された。
窓から見える海面が、太陽の光を受け、まぶしい光彩を放っていた。
「みなもちゃん、ここのオススメはオレンジシフォンケーキなんだけど、それでいいかしら?」
「あ、はい」
みなもの同意を得ると、静流はウエイトレスにオレンジシフォンケーキを注文した。
それから5分ほどが過ぎ、鮮やかな橙色の色彩を放つケーキがふたつ運ばれた。
「わあ、おいしそう」
ケーキから漂う甘酸っぱい香りが、みなもの食欲をそそった。
「さあ、食べてみて。すごくおいしいから」
「はい、いただきます」
みなもはフォークで小さくケーキを切って、口に運んだ。
ほどよい甘さと酸味が口中に広がった。
「あ、この味って夏みかんですよね」
「そう、ここのオレンジシフォンケーキは夏みかんを使っているの。私、ここのケーキが大好きなの」
「私、夏みかんのシフォンケーキって、初めて食べました」
あまりのおいしさに声を弾ませる。
「よかった。喜んでもらえて。私も何回か夏みかんのシフォンケーキを作ってみたことあるんだけど、ここみたいにうまく出来ないのよね」
「静流さんって、自分でケーキが作れるんですか?すごいです!」
「そんなたいしたことないわよ。シフォンケーキって、メレンゲをたてさえすれば色々と応用が利いて、失敗が少ない初心者向きのお菓子だと思うから」
「え、そうなんですか。それなら、私でも作れるのかな?」
「勿論よ。よかったら、オレンジシフォンケーキの作り方教えてあげるわよ」
「ぜひお願いします!」
みなもが目を輝かせながら、テーブルに身を乗り出した。
「えっと、まず材料だけど、薄力粉120グラム、卵黄4個、卵白6個、グラニュー糖80グラム、サラダオイル65グラム、オレンジの絞り汁100cc、オレンジの皮のすりおろし1.5個を用意すればいいわ」
「ふむふむ」
メモを取り出し、書き込む。
「それで作り方だけど、最初に薄力粉をふるっておいて、それから、卵白を泡立て器で泡立て、グラニュー糖40グラムを2~3回に分けて加え、しっかりしたメレンゲを作るの。そして次に、卵黄にグラニュー糖40グラムを加え、泡立て器でもったりするまでかき混ぜ、サラダオイル、オレンジの皮のすりおろしと絞り汁の順に入れ、よく混ぜるの。それから、卵黄のほうに薄力粉を加えて軽く混ぜ、それに作ったメレンゲを入れるの。ここで気をつけるのは、メレンゲを1度に入れるんじゃなく、メレンゲの1/3を入れてむらなく混ぜてから、残りの2/3を入れ、泡をつぶさないように切るような感じで混ぜ合わせるのがポイントね。あとは、シフォンケーキ型に流し入れ、約170℃のオーブンで45分焼けば、完成よ」
「なるほど、よく分かりました。あとで家に帰ったら、さっそくやってみますね」
みなもはレシピとなったメモを大事そうに上着のポケットに入れた。
「いろいろと親切に教えてくれてありがとうございます。あの、もしよかったら、私の絵をもらってくれませんか?たいしたものではないですが、今日、巡り会った記念として受け取ってください」
「本当にもらっていいの?」
「はい。お礼には程遠いと思いますが、静流さんさえよければ、私は全然構いません」
「それじゃ、記念として、ありがたくもらっておくわね。ありがとう、みなもちゃん」
静流は嬉しそうに差し出された海の絵を受け取った。
「いえ、こちらこそ、ケーキをごちそうしてもらったうえに、ケーキの作り方まで教えていただいて、申し訳ないです」
「ううん、こちらこそステキな絵をありがとう。私、ずっと大事にするわね」
みなもと静流が笑い合う。
それから、ふたりは日が暮れるまで、お互いのことをずっと語り合った。