これは私の仲のいい友人の両親のある事例です。

その友人の父親は若い頃、自営業で生計を立てていて、おの仕事が当時は馬鹿みたいに儲かっていたそうです。

そして、その仕事の関係でただならぬひとたちとの付き合いもあって、派手に遊んでいたそうです。

家庭を顧みず、家のことはひと昔の感覚で妻に任せっきりというスタイルで、その妻もひと昔の感覚で家のことは全て自分でやっていました。俗にいう専業主婦です。

その家では、お金は夫が稼ぎ、家事は妻がという昔の風習そのままでしたので、妻のほうは夫の稼ぎで生活するという考えのもと、稼ぐ夫の収入で贅沢な暮らしをしていました。

しかし、あるところを境に時代の変化により夫の収入が減り始めました。
自分の仕事はずっと儲かるものだと思い込んでいた夫は、まさかの自体に狼狽はしたものの、またもとに戻ると考えていました。

一方、妻のほうは家庭一筋で仕事のことなど分からないため、夫がお金をいつまでも稼ぐと思い込み、生活パターンを変えませんでした。

数十年の月日が流れ、その夫婦が老人になったとき、貯金はまったくなくせいかつは国民年金のみとなりました。

夫のほうは、この状況になってようやくこのままではダメだと分かったのですが、妻のほうは昔の観念そのままでお金がないのは、夫が稼がないから悪いと決めつけるようになりました。
働くことを辞めていても、妻は痴呆が進んでいたせいもあってか、まだ働いているとしばらく思い込んでいたようです。

しばらくして、妻のほうはようやく夫が仕事を辞めたことを理解しましたが、それでも数十年続けていた生活スタイルを変えることをしないで、通販の買い物などの散財を続けました。

しかも、自分の年金は自分のものだと言いだし、生活のことなど考えず、自分の好きなように使い始め、夫に協力しなくなりました。

貯金のない年金生活の状況で、こんなことになれば当然ふたりはたちまち困窮しました。
しかも、高齢者の宿命といえる病気もたびたび起こり、入院するほどの病気にもなりましたので、その医療費にも事欠く事態になりました。

生活に困窮するたびに、ひとり息子である私の友人に金の無心をするようになり、息子にローン会社に借金するように言ってきました。
最初は自分の親だからと友人は自分で借金したりして支援していましたが、父親が両親の面倒を見るのは息子の当然の務めと豪語して、自分の生活環境を変えようとしない姿を見て、友人はだんだん怒りを覚え、支援することに嫌気を指すようになりました。

しかし、何かあれば自分しか頼れるひとがいないものも分かっていたので、我慢はしていましたが、それも限界になり、激しくぶつかり合うようになりました。
しかし、それでも見捨てないようしていたそうです。

ところが、数年前から友人の母親が家にふらりとやってきた、野良猫に餌をやり始めたのを機に野良猫が家の中で住み始めました。
友人の父親も猫は縁起物だと言って、ただでさえないお金を使って猫の餌を買ったりしました。

友人は両親に自分の生活もままならないのに猫の餌を買ったりしてどうするといって、すぐ猫を追い出すようにいいましたが、ふたりは今更猫を追い出すと化けてでるとか、猫も可愛いものだとか言って聞く耳を持ちません。

そんなことしているうちに、気がつけば最初にいた猫が子猫を生み、気がつけば7匹になりました。

そして、その猫が家の中で当然のことながら糞尿をあちこちでするようになり、家が猫の糞尿まみれになりました。

最初の頃は友人の母親が片付けていたようでしたが、次第に、やらなくなって、友人の両親は猫の糞尿まみれの家で生活するようになりました。
ちなみに父親のほうは、こういうのは出来ないと妻まかせにして自分ではまったくやろうとしなかったそうです。

友人は何度か実家に赴いて掃除をしたそうですが、キリがないため、両親に猫を追い出さないなら、せめて掃除をしろと言いましたが、父親は妻がしないから悪いとしか言わず、母親のほうはいつかやるとしか言わず、なんな進展もなかったそうです。

そんな状況に友人は辟易して、用事がある時以外に実家には行かなくなり、行っても用事を済ませてすぐ帰るようになりました。

しかし、つい最近になって父親が猫から解放されたいとか急に言い始め、今住んでいる家を出たいという話を友人にしたそうです。

家を出るといっても、昔の縁でただ同然で住まわせてもらっている家を出て、どこに住むのかと友人が言うと、父親は生活保護の申請をして、そういう人向けの団地に住むということを言いました。
何でも昔から世話していた議員がいるからと言っていて、そのひとを通じて段取りをしたそうです。

もう付き合いきれないという状況の友人は、それなら勝手にすればいいと言うと、友人の父親はすぐ調整して手続きをしたそうです。

その結果、低所得者向けの団地に入る流れになったのですが、生活保護を受ける条件として車を手放すようにといわれて車を廃車したことが原因で、あの団地だと周りにバスもないし、歩いていける距離に店がないから生活難民になると騒ぎ始めたそうです。

それを聞いた友人は烈火のごとく怒って、いろんなひとに迷惑かけておいて今更何わがまま言ってるんだと怒鳴り上げたそうで、それが想像以上だったせいか友人の父親はトーンダウンしたそうです。

しかし、友人の父親はその内容を保護担当のケースワーカーに話したそうで、友人はそのケースワーカーから住む当事者が我慢して入居しても、嫌になって出て行くとなると具合が悪いので、出来るだけ本人の希望に沿ってあげたほうがいいと言われ、そのケースワーカーが教えてくれた別の地区の団地を抑えたということです。
そこについては、友人の父親も下見してここならいいみたいなことを言ったそうなので、ここで決まりみたいなことを友人が言ってました。

もっとも、その友人は父親が団地の部屋巡りする際に息を切らせながらよろよろ歩いている姿を支えながら、自分の家になるところの行き来だけでこの状態なのに、何が生活難民なるとか言ってるんだよと内心思ったそうです。

住む場所は決まりつつありますが、引っ越すならゴミ屋敷化している実家を整理する必要があり、その作業員として助けてくれという話が私にあったので、快く引き受けることにしました。
なにせ若かりし頃からの同じオタク仲間ですから。

その友人曰く、父親の仕事は確かに儲かっていたから、その頃から老後のことを少しでも考えて資産運用でもしていれば、こんなことにはならなかったんだろうなとしみじみ言ってました。
そして、自分も私がやっている投資に乗ってみようかなとか半分本気で言ってました。

まあ、私は自分以外のひとに乗ったほうが安心だと言いましたがσ(^_^;)
だって、今の成果では他人に進められませんから。

しかし、今回の友人の話を聞いて、老後の生活を真剣に考えなくては凄く痛感しました。