智也の新たな年は、ある約束から始まった。
その約束を果たすため、智也は神社の鳥居の前に立っていた。いつもは閑散としている境内も、今日は人だかりで賑わっていた。
「智也さーん」
黄色の着物を身にまとったみなもが、小走りでこちらにやって来た。
「遅くなってごめんなさい」
ぺコリと頭を下げる。
「俺も今、来たばかりばかりだから気にしなくていいよ」
智也は笑って答えた。
「それじゃあ、行こうか」
「はい」
智也とみなもは並んで、石段を登り始めた。
「みなもちゃん、その着物、よく似合ってるよ」
智也が素直な感想を述べた。
「そ、そうですか。智也さんからそう言ってもらえると、すごく嬉しいです」
みなもは、ほんのりと頬を赤らめて、はにかんだ。
───うーん、相変わらず可愛い笑顔だな。
新年早々、得した気分になった。
お堂の前にたどり着いたふたりは、お賽銭を賽銭箱に投げ入れると、同時に手を合わせて目をつぶった。
───何をお願いしようかな・・・
智也はちらりとみなもを見た。
───やっぱりこれだよな。
願い事が決まり、神様に伝えようとしたそのとき───
「きゃあーん!ど、どうしましょう!」
突然、みなもが頬を両手で押さえながら、小さな体を左右に揺らした。
「ど、どうしたの、みなもちゃん!?」
「あ・・・」
みなもが目を大きく見開きながら固まった。
「あ、あ、あの、その、何でもないです!」
顔を真っ赤にさせて激しく動揺する。
「何でもないって感じはしないんだけど・・・」
「ほ、ほ、本当に何でもないです!それより、おみくじを引きに行きましょう!」
みなもは強引に話を打ち切ると、智也の手を引っ張って歩き出した。
「ち、ちょっとみなもちゃん・・・」
いったい何があったんだ?
とても気になったが、みなもの手によって、真相は闇のなかに消えた。
おみくじ売り場に着いたふたりは、今年を占う紙を買った。
「よっしゃあ!大吉だ!」
智也は、新年から幸先のいいスタートを切ることが出来て、思わずガッツポーズをした。
それとは対照的に、みなもは暗い表情で、じっとおみくじを見ていた。
「みなもちゃん?」
彼女の異変に気付き、声を掛ける。
「智也さん、どうしましょう・・・凶ですぅ」
今にも泣き出しそうな顔をしながら、おみくじを智也に見せた。
───しまった!
我を忘れてはしゃいでしまったことを後悔する。
「みなもちゃん、そのおみくじを少し見せてもらえるかな」
「はい、いいですけど」
智也はみなものおみくじを受け取ると、代わりに自分のおみくじを渡した。
「智也さん、これは智也さんのおみくじですよ」
みなもが驚きの声を上げる。
「いいや、これはみなもちゃんのおみくじだよ。さっきのは、きっと神様が俺の分と取り違えて、みなもちゃんに渡してしまったんだよ」
「そんな、それじゃあ、智也さんが不幸になっちゃいます。私、智也さんが不幸になるのは嫌です!」
真剣な表情で訴える。
「俺なら大丈夫だよ。俺はこう見えてもタフだから、多少の不幸なんか目じゃないよ。だから、そんなに心配しないで」
「でも・・・」
「本当に大丈夫だよ。それに、俺もみなもちゃんが不幸になってしまうのは嫌だ」
「智也さん・・・智也さんはすごく優しいんですね。みなも、感激です!」
みなもは目を輝かせながら言った。そんな彼女の仕草に、智也の顔から笑みがこぼれた。
「まだ時間があるみたいだから、どこか寄って行こうか?」
「私、公園に行ってみたいです」
「そうか。それじゃあ、公園へ行こう」
智也たちは、公園へ向かった。

冬という季節柄のせいか、公園には猫の子一匹すらいなかった。
時折、吹きつける風が、景色の冷たさと寂しさを運んでいた。
「なんか寂しいですね・・・」
噴水のそばにいたみなもが、ぽつりとつぶやいた。
ちょうどそのとき、灰色の空から白いかけらが舞い降りた。
「あ、雪・・・」
「ほんとだ」
ふたりが空を見上げると、いくつもの粉雪が姿を現した。
「雪ってはかないですよね・・・せっかく姿を見せることが出来ても、すぐ消えてしまう・・・」
純白の結晶は、みなもの手の上に降りると、刹那の速さで消えていった。
「みなもちゃん、風邪引くといけないから、そろそろ帰ろうか」
そう声を掛けた瞬間、智也は驚きの表情を浮かべた。みなもの目から涙がとめどなく流れていたからである。
「みなもちゃん?」
「・・・智也さん・・・!」
みなもは智也の胸に飛び込んだ。
「智也さん・・・智也さん・・・!」
自分の胸にしがみついて泣きじゃくるみなもに対し、智也は何か声を掛けようとした。ところが、あまりにも突然の出来事だったので、何を言えばいいのかまったく思いつかなかった。ただ、無言のまま、立ち尽くすことしか出来なかった。
みなもが泣き止むまで、それほどの時間は要さなかったが、智也にとってはとても長く感じられた。
「ごめんなさい、急に泣いたりなんかして」
みなもはそっと智也から離れると、深々と頭を下げた。
「別に謝らなくていいよ。でも、急に泣き出したからびっくりしたよ。いったい、何があったんだい?」
「雪を見ていたら、なんだか急に悲しくなって、そしたら、急に涙が止まらなくなってしまったんです」
「そうなんだ・・・」
みなもは何かつらいことを抱えているのではないか?
智也はふとそう思った。
「みなもちゃん、もし何かつらいことや困ったことがあったら、遠慮しないで俺に言ってくれ。たいした力にはなれないかもしれないけど、俺に出来ることだったら、どんなことでもするから」
「ありがとうございます、智也さん」
ようやくみなもに笑顔が戻った。
「あの、智也さん、実はひとつお願いがあるんですけど、いいですか?」
みなもが体をもじもじさせながら尋ねた。
「どんなことだい?」
「その・・・私と腕を組んで歩いてくれませんか?」
「それぐらいお安い御用だよ」
智也は快く承諾した。
「よかったあ」
みなもは、ほっと胸をなでおろすと、智也の腕に自分の腕を絡ませた。
「あったかい」
そっと体を寄せる。
「ずっと、こうしていられたらいいのに・・・」
智也も同じ気持ちだった。1秒でも長く一緒にいたい。そして、みなもの望みをひとつでも多く叶えてあげたい。愛らしい笑顔が何度も見られるように。智也の今年の目標は決まった。
「智也さん、遠回りして帰りませんか?」
「俺は別に構わないけど、みなもちゃんは大丈夫かい?」
「私は平気です。こうして智也さんがそばにいてくれるから」
「そうか。それじゃあ、行こうか」
「はい」
ふたりは互いの存在を確かめ合うように、寄り添いながら白い世界のなかを歩いた。